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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)510号 判決 1975年12月23日

原告 武藤千代子

被告 株式会社松本製作所

主文

被告は、原告に対し、金三二万三、三八〇円及びうち金二八万三、三八〇円については昭和四六年一一月二五日から、うち金四万については本判決言渡の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は七分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、被告会社は、電気製品等の部品の加工販売を業とする会社であり、原告は、昭和四六年一〇月二一日パートタイムの臨時工として被告会社に入社し、プラスチツク板、ボール紙厚板の折り曲げ加工、シンナー吹付加工及び雑役等の作業を担当していたが、同年一一月二〇日ごろから手動式プレス機械を操作し、円型ボール紙厚板をプレス型成加工する作業に従事していたこと、原告が、昭和四六年一一月二四日午後一時四〇分ごろ、吹田市吹田東六七番一号被告会社工場内において、プレス機による本件事故が発生し、左手に傷害を受けたこと(ただし、その程度を除く。)は、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件事故発生の原因、その態様について判断する。

1. 成立に争いのない甲第八号証、原告本人尋問の結果成立の認められる甲第七号証、証人松本慧の証言によつて成立の認められる検乙第一ないし第三号証、証人近藤久一、同布川久夫、同松本慧の各証言によれば、次の事実が認められる。

(1)、本件事故の発生したプレス機械は、ボール紙厚板を加熱型成加工する機械であつて、昭和四一年ごろ、被告会社が外三台と共に購入したものであるが、当時、右プレス機の構造は、ハンドルによる手動式でプレス機の上型及び下型部分にそれぞれ加熱用のガスバーナーを内包し、その操作は、手によるハンドル回転操作により、上型が下降し、固定された下型の上に置かれた材料を押圧加工するようになつていたこと、被告会社は、右購入後一年位して、右プレス機四台に動力として圧搾空気を利用するように改造したこと、右改造によれば、ガスバーナーの挿入部分はそのままであつたが、従前稼働していた上型を上部に固定し(厚さ約一〇センチ及び八センチの二個の鉄製横支えによつて固定している。)、下型部分に圧搾空気を導入し、プレス機正面右側に操作用レバーを付け、右レバーを左に倒せば下型部分が上昇し、右側に倒せば空気圧力が減少して下降作動するようになつたこと、その結果、本件プレス機による型成加工は、レバーを右に倒し、下型の上に加工材料を置き、レバーを左側に倒すと、内包されたガスバーナーで加熱された下型が上昇し、右同様内包されたガスバーナーで加熱された状態で固定されている上型に押圧し、加熱型成加工するような構造になつたこと、一方、右プレス機の上型と下型の間隔は、約八センチあり、下型部分が空気圧力によつて上型部分まで上昇するのに五ないし六秒かかり、そのレバー操作により空気圧が減少すると、ゆつくりと徐々に下降して元に戻ること、もつとも、レバー操作により下型部分が一旦上昇作動すると、上型との間が、ボール紙厚板の厚さ(数ミリ)にまでならないと上昇をやめず、途中でこれを停止制禦することができないようになつていること、また、右プレス機の上型及び下型部分に内包されたガスバーナーの炎が、外部にもれる危険があつたので、被告会社では、これを防止するため、石綿でこの部分を塞ぎ、少くともプレス機操作作業員に、直接炎による被害が及ばないように工夫していたこと、

(2)、被告会社は、右のようなプレス機四台(ただし、機械によつて多少の大小はみられるが、その構造は全く変りがない。)を工場二階の一個所(約三・三平方メートル)に設置し、作業員の正面に二台、左右に各一台を配置していたこと、そして、担当作業員は、その中心に回転椅子を置き、これに腰掛けて作業をするのであるが、その作業の方法は、上型下型の各ガスバーナーに点火し(昼休み一時間は消火されるが、それ以外は、作業時間中点火されている。)、上型下型が相当高温に加熱され作業に適するようになると、作業員は、手袋(軍手)をし、左手でプレス機の下型に、材料を置き、右手でレバー操作をして下型を上昇させ押圧加熱したまま一定時間放置し(ボール紙厚板を型成するには一定の時間を要するので、その間、下型が材料を上型に押圧加熱し、そのままの状態を継続しておかねばならなかつた。)、その間に次々とプレス機に順次右同様加工材料をセツトして押圧加熱し(作業量に応じて稼働させるプレス機の台数は異るが、プレス機四台を稼働させていれば四台に、三台であれば三台にそれぞれ右のような作業順序で行うことになる。)、これが終ると、最初に作動させた機械に戻つて下型を下降させ、製品を取り出し、また加工材料を設置し、順次これを反覆継続していたこと、被告会社では、右プレス機の操作が簡単で、単純な作業であり、比較的安全な作業であるとしてこれまで六三才ないし七七才位の高年令者(男女を含む)に右プレス機の操作をさせてきたが、これといつた労働災害事故も発生していなかつたこと、

(3)、原告は、前記のとおり、昭和四六年一一月二〇日、雑役作業から右プレス加工作業に従事することとなつたが、被告会社製造班長の訴外布川文夫は、原告に手袋(軍手)の着用、濡れた手袋のままでの作業禁止、加工材料を下型にセツトするには材料の端を持つて下型に乗せること、レバーの操作等について一般的な注意を与えたうえ、第一日目は一日中原告の側で指導し、第二日目も殆んど原告の側で指導していたこと、原告は、プレス加工を始めて第四日目である昭和四六年一一月二四日午後一時四〇分ごろ、前記回転椅子に腰掛けプレス機三台(向つて正面の二台及び右側の一台)を動かしてボール紙厚板のプレス加工をしていたが、正面二台のうち左側のプレス機で作業中、同プレス機の上型下型に左手を挾まれたこと、原告の左手が、加工材料のボール紙厚板より厚いため、前記のとおり、下型部分が一定の高さまで上昇しえないこととなり、プレス機のレバーを下降するように操作しても下型部分への空気圧が減少せず、原告の左手は、かなり高温に加熱されていた上型及び下型に押圧されたまま焼付けられる結果になつたこと、そこで、被告会社の他の従業員が、本件プレス機の下型部分の上に乗り、これを下に降し、ようやく原告の左手が上型及び下型から解放されたこと、その結果、原告は、左手第三、第四指に火傷の傷害を受け、後記認定のような障害等級一一級相当の左手第三指亡失の後遺症を残して治癒したこと、

(4)、本件事故後、被告会社では右事故のあつたプレス機を検査したが、レバーその他にこれといつた故障も見当らなかつたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果及び甲第一二号証の記載は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2. ところで、一般に、本件のような私法上の雇傭契約(労働契約)にあつては、使用者は、被用者の労務提供に対して報酬の支払義務のあることはいうまでもないが、これに附随して、被用者が労働をなすべき場所、設備、機械等につき被用者の生命及び健康等に危険を生じないように注意する義務(安全管理義務)を負うものと解するのが相当である。したがつて、使用者が、右義務に違背し、その安全管理義務を怠り、その結果被用者の生命、身体に侵害が生ずれば、右雇傭契約違反としての責任を免れないといわなければならない。

一般に、プレス機は、それがパワープレス機のように上型が下降する場合であると本件のようにプレス機の下型が上昇する場合であるとを問わず、動力により圧力を加えて二物体間で材料を押圧することによつて材料を製品化するものであるから、プレス機に材料を設置したりした際に、機械の故障はもとより、過つてスイツチを入れた場合には、身体の一部(主として手の部分)が押圧される危険性が高く、したがつて、プレス機を設置し、これで作業を命ずる者は、その上型、下型の作動範囲内に直接身体の一部を入れないで作業ができるような方法をとるか、あるいは身体の一部が、右作動範囲内にある場合には、作動スイツチが入らないようにプレス機に安全設備のための配慮をし、人身に傷害を及ぼすことのないよう十分注意しなければならない労働契約上の義務を負担していることはいうまでもないところである。これを本件についてみるに、前記のとおりプレス機の固定された上型と作動する下型との間はわずか約八センチ程度であり、下型の上昇速度がそれ程速くないとしても、一旦、下型が上昇を始めれば途中でこれを停止させる装置もない本件事故のプレス機については、身体の一部が、上型下型の可動範囲内にある間に、過失その他の何らかの理由によりスイツチが入つたような場合には、時によつて、身体の一部が、上型と下型とに押圧される危険が十分考えられるから、右の場合、プレス機の作動スイツチが入らないような安全装置の設置その他必要な安全管理方法をとるべき労働契約上の義務があるというべきである。このことは、仮に、被告主張のように、本件プレス機が、その構造から、一般のパワープレス機に比して、比較的危険度が低く、したがつて、労働安全衛生規則等明文による安全装置設置義務がないとしても、なお、労働契約における信義則上要求される義務としてその責任を負うべきである。そして、前認定の事実からすると、本件事故が発生したプレス機には、前記のような信義則上要求される安全管理方法が施されておらず、被告会社において、右プレス機に右のような要請に基づく安全管理義務を履行しておれば、本件事故の発生を未然に防止しえたであろうことは推認に難くない。

したがつて、本件事故は、被告の労働契約上の債務不履行によつて発生したものということができ、被告は、本件事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

3. 被告は、本件事故の発生につき、原告にも過失がある旨主張するのでこの点について検討するに、前認定の事実によれば、本件事故当時、事故のあつたプレス機は何ら故障がなかつたこと、右プレス機の下型部分は、約八センチの間を五ないし六秒かかつてゆつくりと上昇して行くことが明らかであるから、原告は、右プレス機の下型に左手を置き作業をしている場合には、レバーを操作して下型を上昇させないように注意すべきはもちろんのこと、何らかの理由で(右のとおり、本件プレス機は、何ら故障がみられなかつたのであるから、原告の人為操作によるものとしか考えられない。)スイツチが入り、下型が上昇を始めたとしても、原告が、通常の注意をしておれば、下型が上昇し出したことを感知し、素早く左手を引込めて下型部分からはずす時間的猶予は十分あり、本件事故は避けられたことが推認できるところである。しかるに、原告は漫然とこれを放置し、本件事故を発生せしめたのであるから、右不注意も本件事故発生の一因ともいうべきである。

4. 右のとおり、本件事故は、被告の安全管理義務違反及び原告の過失が競合して発生したものであるところ、その過失割合は、被告三割、原告七割の割合と認めるのが相当であり、損害額の算定に当つては、これを斟酌すべきこととなる。

三  損害<省略>

四  結論<省略>

(裁判官 田畑豊)

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